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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)2781号 判決 1983年2月21日

原告 破産者 株式会社大雄

破産管財人 伊藤孝雄

右訴訟代理人弁護士 室井優

被告 新日本通商株式会社

右代表者代表取締役 今野伊勢夫

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 浅野隆一郎

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告に対し、被告新日本通商株式会社は金七七五万七六九四円、被告株式会社名古屋三越百貨店は金七二八万八六七〇円、被告株式会社中村本社は金三九一八万七四八七円をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第1項について仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  株式会社大雄(以下「大雄」という。)は、昭和五三年一二月一日、東京地方裁判所において破産宣告(東京地方裁判所昭和五一年(フ)第一三九号)を受け、原告は、その破産管財人に選任された。

2  昭和五一年五月ころ、被告新日本通商株式会社(以下「被告通商」という。)は金七七五万七六九四円、被告株式会社名古屋三越百貨店(当時の商号は株式会社オリエンタル中村百貨店、以下「被告百貨店」という。)は金七二八万八六七〇円、被告株式会社中村本社(以下「被告本社」という。)は金三九一八万七四八七円、訴外中村興産株式会社(以下「中村興産」という。)は金四一万五一三〇円の各債権を大雄に対して有していた。

3(一)  大雄は、被告ら及び中村興産との間において、昭和五一年七月二四日、大雄が被告ら及び中村興産に対して負担していた前項の各債務の弁済に代えて、大雄所有の別紙目録記載のプラチナ台指輪(エメラルド、アメジスト、ルビー、サファイヤ、南洋真珠、ダイヤ、ヒスイ、スタールビー等入り、以下「本件指輪」という。)を各債務額に応じて譲渡する旨の代物弁済契約を締結し、その引渡をした。

(二) 仮にそうでないとしても、大雄は、被告本社との間において、昭和五一年七月二四日、左記内容の債務消滅に関する契約を締結した。

(1) 大雄は、被告本社に対し、大雄の被告通商、被告百貨店及び中村興産に対する各債務の弁済を委託する。

(2) 被告本社は、大雄より、大雄所有の本件指輪を買い取る。

(3) 被告本社は、大雄に対する債権と右代金債務とを相殺する。

4  前項の代物弁済契約ないし債務消滅に関する契約が締結されるに至った経緯は、次のとおりである。

(一) 昭和四八年九月ころ、大雄の前身である「あざぶ商会」こと木村庄助と被告本社との間で、(1)木村庄助は、その所有する宝石類につき金一億円を限度として被告本社に販売委託をし、その保証金として被告本社から金二〇〇〇万円の預託を受ける、(2)売却された委託宝石類は、毎月末日締切り翌月二〇日に決済する、(3)この契約が解約された時は、右預り保証金を委託宝石類と引換えに返金することなどを内容とする宝石貴金属に関する委託販売契約が締結され、大雄が昭和四九年六月設立されるとともに、右契約における木村庄助の地位は大雄に引継がれた。

また、別途、被告本社は、被告百貨店との間において、右受託宝石類を売仕切方式(商品が売却された都度その商品の仕入処理をする方法)にて再委託販売する旨の契約を締結した。

(二) 右各契約に基づき、被告百貨店の本店内及び星ヶ丘店内の各宝石売場において大雄所有の宝石類が販売されていたのであるが、その際、大雄は社員を派遣していた。

(三) 大雄は、昭和五一年四月下旬、被告百貨店に対し、同社振出の約束手形の書換えを要請したところ、被告百貨店は、同年五月初めころ、大雄の派遣社員の入店を拒否し、本店内及び星ヶ丘店内の各宝石売場を閉鎖し、本件指輪を含む大雄所有の宝石類を持ち去った。

(四) そして、被告ら及び中村興産の要求により、昭和五一年七月二四日、第3項の代物弁済契約ないし債務消滅に関する契約が締結された。右代物弁済契約ないし債務消滅に関する契約において、本件指輪は適正価格を大幅に下回る価格で評価されており、また、右債務消滅に関する契約も、その実質は代物弁済と解すべきである。

(五) 大雄は、被告らの前記行為により、その営業を続行することが不能となり、そのため昭和五一年九月八日不渡手形を出すに至ったのであるが、大雄は、第3項の代物弁済契約ないし債務消滅に関する契約を締結するにあたり、破産債権者を害することを知っていたものである。

5  原告は、破産法七二条一号により、第3項の代物弁済契約ないし債務消滅に関する契約を否認する旨の意思表示をした。

よって、原告は、本件指輪の原状回復に代わる価額償還請求として、被告通商に対し金七七五万七六九四円、被告百貨店に対し金七二八万八六七〇円、被告本社に対し金三九一八万七四八七円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は不知。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実中、(一)は否認し、(二)は認める。ただし、(二)(1)は、債務弁済委託ではなく、被告本社が大雄の被告通商、被告百貨店及び中村興産に対する各債務を引き受け、被告本社が大雄から買い取った本件指輪(ただし、別紙目録中、No.一三六、一六二、二〇一、二四一、二六五、二七二、二九六、三〇六は該当なし。以下、被告らの主張において、本件指輪というときは、右該当のないものを除く。)の代金五四三三万六八一〇円中金一五一三万五三二三円をもって右債務引受にかかる債務の支払金に充当決済するというものであった。

4  同4の事実について、(一)、(二)は認める。(三)のうち、被告本社が大雄所有の宝石類を持ち去ったことは否認し、その余は認める。(四)は否認する。大雄と被告本社間の債務消滅に関する契約は、後記のとおり、大雄の大口債権者である訴外西本商事株式会社(以下「西本商事」という。)の参加の下に行われた債権債務の清算に関する和解契約の内容の一部をなすものであり、同契約において本件指輪は、大雄の被告本社に対する販売委託契約に基づく販売価格である金五四三三万六八一〇円と評価されており、正常取引価格である。(五)のうち、大雄が昭和五一年九月八日不渡手形を出したことは不知、その余は否認する。

5  同5の事実は認める。

三  抗弁

1  被告本社と大雄間の債務消滅に関する契約は、次のような事情の下に締結された債権債務の清算に関する和解契約の内容の一部をなすものであり、右契約を締結するにあたり、被告本社は、破産債権者を害する事実を知らなかった。

すなわち、被告百貨店及び被告本社は、昭和五一年五月初めころ、大雄の派遣社員が被告百貨店の宝石売場において被告百貨店側の指示に従わないため、その管理権限により入店を差し止め、再発を防ぐため委託販売を中止し売場の閉鎖措置をとり、占有下の大雄所有の全宝石類を債権保全のため留置したところ、大雄の大口債権者である西本商事から再三にわたり右宝石類を返品せよと強硬に申入れがあったため、被告ら及び中村興産(右四社は同資本系列のいわゆる中村グループに属していた。以下右四社を「中村グループ」という。)と西本商事及び大雄が話し合った結果、昭和五一年七月二四日になって、(1)中村グループは右占有下の宝石類の一部(簿価にして金三九四九万九〇一九円)を大雄に返品し、大雄はこれを西本商事に返品すること、中村グループは、大雄に金一〇〇〇万円を提供し即時支払い、大雄はこの金員を債務弁済のため西本商事に支払う、(2)被告本社は、残余の占有宝石類を大雄の販売価格である金五四三三万六八一〇円で買い取る、(3)被告本社は、大雄に対する債権と右代金債務とを対当額金三九一八万七四八七円にて相殺し、未相殺の残代金一五一三万五三二三円は、被告本社以外の中村グループ三社に対する大雄の債務を被告本社が引き受け、その支払金に充当決済する(金三二万六一七一円不足するが、不問とする)旨の債権債務の清算に関する和解契約が成立し、同日すべて履行された。右契約にあたり、中村グループは、大雄から、西本商事以外の大雄に対する債権者との間では話合いにより解決している旨聞いていたものであり、破産債権者を害する事実を知らなかったものである。

2(一)(1) 被告本社の大雄に対する債権は、被告本社と大雄間の前記委託販売契約に基づく取引によって生じた債権であるが、右委託販売契約は昭和五一年五月ころ解約され、そのころ全債権金三九一八万七四八七円の弁済期が到来した。

(2) 被告百貨店の大雄に対する債権は、大雄に対する売掛代金債権であり、毎月一五日締切月末支払の約定であったところ、昭和五一年五月末日までに金六四一万五九二〇円の弁済期が到来し、同月一六日から同月末日までの間に発生した背広等の購入代金八七万二八五〇円についても同年六月末日に弁済期が到来した。

(3) 被告通商の大雄に対する債権は、大雄に対する宝石の販売代金の一部であって、昭和五一年四月二四日宝石の売渡しと同時に弁済期が到来している。

(二) 大雄の委託販売商品である宝石の占有は、委託の都度被告本社に移転しており、被告本社は、再販売委託契約により、その一部を被告百貨店に移転している。

(三) よって、被告本社は、前記債務消滅に関する契約締結当時、本件指輪を含む大雄の前記宝石類について商事留置権を有しており、破産法九三条、九二条により別除権が認められるところ、別除権者の当該目的物件による債権消滅行為は否認の対象とならない。

3  被告本社による大雄所有の本件指輪を買い取る行為は前記のとおり中村グループによる金一〇〇〇万円の大雄への出捐と大雄による右金員の西本商事に対する弁済及び中村グループから大雄への宝石類の一部の返品と大雄から西本商事への右宝石類の返品等と一体不可分をなす一連の法律行為である清算和解契約の内容の一部をなすものである。この一部のみを否認し、殆ど唯一の破産債権者というべき破産申立人西本商事の行為を全く不問にしていること、本訴が時効完成直前に提起(調停申立)されたこと、西本商事は、右清算和解契約の中で、被告らに対しては何らの異議申立や請求をしないこととしていること等の事実より、西本商事は、原告をダミーとして右清算和解条項を潜脱しようとしているものであり、本件否認権の行使は、権利濫用であり許されない。

4  大雄と被告本社間の債務消滅に関する契約についての原告の否認権行使は、昭和五六年八月二四日になされており、これは大雄の破産宣告の日である昭和五三年一二月一日より二年を経過した後であるので、被告らは本訴において消滅時効を援用する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。もっとも、被告百貨店及び被告本社が昭和五一年五月初めころ大雄の派遣社員の入店を差し止め、売場の閉鎖措置をとったこと、中村グループが同資本系例にあったこと、昭和五一年七月二四日、中村グループと西本商事及び大雄との間に被告ら主張の(1)の契約が締結されたことは認める。

2  同2の事実について、(一)のうち被告らの大雄に対する各債権の弁済期が到来していたことは否認する。(二)は認める。(三)は争う。少なくとも、被告百貨店及び被告通商の各債権分については、被告本社に商事留置権が発生していない。

3  同3の主張は争う。

4  同4の主張は争う。原告の否認権行使は、当初から大雄と被告らとの間で昭和五一年七月二四日に締結された契約(行われた取引)を否認する趣旨であり、昭和五六年八月二四日の原告の主張の趣旨は、大雄と被告ら間の昭和五一年七月二四日の契約(取引)の当事者及び法的性質がどのようなものであるにせよ原告は右契約(取引)を否認する趣旨であることを念のため明らかにしたにすぎない。

五  再抗弁

1  原告は、被告らに対し、昭和五五年一一月二七日東京簡易裁判所へ調停を申立て(同裁判所昭和五五年(ノ)第五二九号代物弁済契約否認にもとづく価額償還請求調停事件)、右調停申立書において、昭和五一年七月二四日大雄と被告らとの間で締結された契約を否認する旨の意思表示をしており、右調停が昭和五六年三月三日不成立に終ったため、本訴を提起した。

2  被告百貨店及び被告本社は、共謀の上、大雄に対する債権の弁済期が未到来であるのに、正当な理由がなく、大雄の派遣社員の被告百貨店への入店を拒否し、大雄の営業活動を不能にし、大雄を倒産させたのであるから、被告百貨店及び被告本社が商事留置権を主張するのは信義則に反し許されない。

六  再抗弁に対する認否

すべて否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は当裁判所に顕著であり、同2の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、大雄と被告らとの間で昭和五一年七月二四日本件指輪に関し行われた取引の内容について検討する。

1  昭和四八年九月ころ、大雄の前身である「あざぶ商会」こと木村庄助と被告本社との間で、(1) 木村庄助は、その所有する宝石類につき金一億円を限度として被告本社に販売委託をし、その保証金として被告本社から金二〇〇〇万円の預託を受ける、(2) 売却された委託宝石類は、毎月末日締切翌月二〇日に決済する、(3) この契約が解約された時は、右預り保証金を委託宝石類と引換えに返金することなどを内容とする宝石貴金属に関する委託販売契約が締結され、大雄が昭和四九年六月設立されるとともに、右契約における木村庄助の地位は大雄に引継がれたこと、また、別途、被告本社は、被告百貨店との間において、右受託宝石類を売仕切方式(商品が売却された都度その商品の仕入処理をする方法)にて再委託販売する旨の契約を締結したこと、右各契約に基づき、被告百貨店の本店内及び星ヶ丘店内の各宝石売場において大雄所有の宝石類が販売されていたが、その際、大雄は社員を派遣していたこと、大雄は、昭和五一年四月下旬、被告百貨店に対し、同社振出の約束手形の書換えを要請したところ、被告百貨店は、同年五月初めころ、大雄の派遣社員の入店を拒否し、本店内及び星ヶ丘店内の各宝石売場を閉鎖したことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  右当事者間に争いがない事実に、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

大雄は、主として西本商事から宝石類を買い受け、これを被告本社との前記委託販売契約に基づき被告本社へ納品し、被告本社はこれを被告百貨店との前記売仕切(再委託販売)契約に基づき被告百貨店へ納品し、被告百貨店は本店及び星ヶ丘店の各宝石売場において展示販売していた。大雄は、宝石類の販売を促進するため、その社員を被告本社の派遣店員という形で被告百貨店へ派遣し、顧客に対し宝石類の説明を行わせていた。被告本社は、その本店を被告百貨店の本店店舗内に置き、被告通商及び中村興産とともに、右四社は同資本系列の中村グループを構成していた(右四社が同資本系列にあったことは、当事者間に争いがない。)。大雄は、短期間内に商品販売拡大の経営方針をとったため、過剰仕入となり、売上の伸び悩みとあいまって、昭和五一年四月ころには資金繰りが苦しくなり、仕入先である西本商事に多数振出していた約束手形の決済が困難な状況になってきた。そこで、大雄の代表取締役木村庄助は、その友人であり、被告本社の取締役兼中村興産の代表取締役兼被告百貨店の星ヶ丘店店次長をしていた松居敬二に、大雄の経営状況を打ち明け、相談を持ちかけた。松居敬二は、大雄の西本商事に対する支払手形の決済日が三日置きに到来するような状況にあったため、とりあえず大雄が西本商事から仕入れた宝石類の在庫商品を西本商事へ返品して支払手形を返還してもらうより仕方がないと考え、昭和五一年四月下旬ころ、木村庄助に同道して西本商事を訪れ、持参した在庫商品の返品について交渉し、これを受領してもらった。そのころ、大雄は被告百貨店に対して大雄振出の約束手形の書換を要請していたところ、被告本社及び被告百貨店は、同年五月初めころ、宝石売場に展示する商品の数が非常に少ないこと及び木村庄助への連絡がとれなくなったことなどを理由に、大雄との委託販売取引を中止することにし、大雄の派遣社員の入店を差し止め、大雄所有の宝石類の売場を閉鎖し、本件指輪(ただし、別紙目録中、No.一三六、二四一、三〇六を除く。なお、No.一三二、一六二、二〇一、二一九、二六五、二七二、二九六の商品番号は、それぞれKD―二九六五、三五九九、一八七九、八四〇、一七九〇、一六七九、一四九四と認められる。以下同じ。)を含む受託中の大雄所有の全宝石類(大雄の委託価格すなわち被告本社の仕入価格で約金九〇〇〇万円相当)を別途保管する措置に出た。その後、大雄の大口債権者である西本商事から被告百貨店及び被告本社に対し、再三にわたり保管中の宝石類の返品要求がなされ、西本商事(代表取締役西本一幸と代理人山崎一雄弁護士)と中村グループ(代理人浅野隆一郎弁護士と被告百貨店及び被告本社の担当部課長)との間で話合いがなされ、大雄(代表取締役木村庄助と代理人長畑、小栗両弁護士)の意向も反映させて、昭和五一年七月二四日、西本商事、中村グループ及び大雄の三者間において次のような和解契約が成立し、右契約は同日すべて履行された。すなわち、右和解契約の内容は、(1) 中村グループは、その保管中の大雄所有の宝石類の一部(二一九点。大雄の委託価格で金三五四九万九〇一九円相当)を大雄に返品し、大雄は、これを西本商事に返品する、(2) 中村グループは、大雄からその所有のエメラルドダイヤ入指輪二個を代金一〇〇〇万円で買い受け、右代金を大雄に支払い、大雄はこれを西本商事に対する債務の弁済のために支払う、(3) 被告本社は、大雄からその余の保管中の宝石類(本件指輪及びそれ以外の三点、合計三三二点)を大雄の委託価格すなわち被告本社の仕入価格である金五四三三万六八一〇円で買い取る、(4) 被告本社は、大雄に対する債権(金三九一八万七四八七円)と右代金債務とを対当額で相殺する、(5) 大雄の被告百貨店、被告通商及び中村興産に対する債務(合計金一五四六万一四九四円)については、被告本社がその責任において決済する、(6) 中村グループ対大雄間のすべての債権債務その他一切は消滅したことを双方確認し、今後は名目のいかんを問わず民事・刑事その他に関し何らの異議を申し立てず、西本商事も中村グループに対し何らの異議の申立や請求をしないことというものであった(以上のうち、(1)、(2)、(4)の合意の成立及び(3)のうち被告本社が大雄から本件指輪を買い受けたことは、当事者間に争いがない。)。右和解契約を締結するにあたり、大雄の代表取締役木村庄助は、大雄の在庫商品も極めて乏しくなってきたことから営業を続行することが決定的に不可能となったと思うとともに、他の債権者に対する弁済も履行できなくなると感じてはいたが、中村グループに対しては、西本商事以外の他の債権者については保証人である木村庄助の母木村富貴所有の不動産を処分して話合いで解決する旨説明し、被告本社が大雄の通常の委託価格で本件指輪等を買い取ってくれたことに感謝し、他の債権者に対しても一つ一つ解決していく以外に方法はないと考えていた。その後も、大雄は、西本商事に対し在庫商品を返品したりあるいは大雄振出の約束手形の書換えをしてもらったりしていたが、ついに昭和五一年九月八日不渡手形を出し、同月一四日銀行取引停止処分を受け、さらに、同月三〇日西本商事から破産の申立を受け、昭和五三年一二月一日東京地方裁判所において破産宣告がなされた。破産債権の届出をしたものは、株式会社第三相互銀行(金八五五万七七八〇円)、近藤幸雄(金三五三一万八四〇〇円)、東京信用保証協会(金八四万七五五〇円)、株式会社中京相互銀行(金一四四九万〇一三三円)、西本商事(金一億六二四九万五〇〇〇円)であったが、株式会社第三相互銀行、東京信用保証協会及び株式会社中京相互銀行に対しては、木村富貴所有の不動産を売却して、全額弁済をし、西本商事に対しては、木村庄助個人において分割弁済中であるが、なお残債務があり、近藤幸雄に対する債務は全額残っている。なお、被告本社は、前記和解契約に基づき、大雄の被告百貨店に対する債務金七二八万八六七〇円については、昭和五一年一二月一五日、被告本社の被告百貨店に対する売掛代金七二八万八六七〇円と対当額で相殺し、大雄の被告通商に対する債務金七七五万七六九四円及び中村興産に対する債務金四一万五一三〇円については、昭和五一年一二月三一日、被告本社振出の右各金額の約束手形を交付して、それぞれ決済した。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  前項で認定した事実に基づいて、大雄が昭和五一年七月二四日本件指輪に関し行った行為が破産法七二条一号に該当するか否かについて考えるのに、大雄は本件指輪を被告本社に売り渡したとはいうものの、その代金の授受は現実には行われず、中村グループの大雄に対する債権が消滅したものとして処理されていること(本件指輪及びそれ以外の三点、合計三三二点の代金五四三三万六八一〇円中金三九一八万七四八七円については、被告本社の大雄に対する同額の債権と相殺されたことは前記認定のとおりであるが、残金一五一四万九三二三円については、大雄が被告本社から右残金を一たん受領した後、被告本社を除くその余の中村グループに対する債務の弁済を被告本社に委託するとともに、その弁済資金としてこれを被告本社に預けたものとして処理されたのか、被告本社が大雄の被告本社を除くその余の中村グループに対する債務を有償かつ免責的に引き受け、その対価と相殺したものとして処理されたのか、それとも被告本社が同社を除くその余の中村グループから大雄に対する債権を有償で譲り受け、その譲受債権と相殺したものとして処理されたものか必ずしも明らかではないが、いずれにしても、中村グループの大雄に対する債権はすべて消滅したものとして処理されている。なお、この点につき、証人松居敬二は、被告本社が同社を除くその余の中村グループの大雄に対する債権を譲り受けた旨証言しているが、同証人は前記昭和五一年七月二四日の和解契約及び右契約に至る交渉についてはあまり関与していないというのであるから、右証言は十分根拠があるものとは思われない。)からみれば、被告本社に対する代物弁済としての性質をももつものと評価される面があること、結果的には、破産債権者である西本商事及び近藤幸雄の各債権が満足をえていないこと、大雄において、右満足できなくなることを認識していたことからみれば、昭和五一年七月二四日の大雄の本件指輪に関する行為は、破産法七二条一号に該当するかのように思われる。

しかしながら、被告本社は、大雄との委託販売契約に基づき大雄から本件指輪の納品を受けてこれを受託保管中のものであり、本件指輪を大雄の委託価格で買い受けているところからみれば、販売委託中の商品がすべて顧客に売却された場合と同じ結果となり、ただその代金債務が相殺により消滅したにすぎないものと評価される面もあり、右相殺については破産法一〇四条の禁止には触れず、同法上許容されていると解されること、大雄の昭和五一年七月二四日の本件指輪に関する行為が前記のとおり代物弁済としての性質をももつと評価される面があるとはいえ、それは、右に述べたように、委託販売先である被告本社に対し販売委託のため納品した商品を委託価格で評価してなされているものであり、大雄が被告本社と通謀し、被告本社をして優先的にその債権の満足をえさせる意図の下にこれを行ったものとは認められないこと、しかも、前記認定のとおり、大雄の昭和五一年七月二四日の本件指輪に関する行為は、西本商事、中村グループ及び大雄間の和解契約の一環として行われたものであり、被告本社は、本件指輪を買い受けるほかに、大雄に対し保管中の宝石類の一部(二一九点)を返還し、大雄所有の指輪二点を代金一〇〇〇万円で買い受け、右代金を支払っていること、被告本社は本件指輪について商事留置権を有し、破産法上別除権者として取り扱われる余地もあると考えられることからみれば、大雄の昭和五一年七月二四日の本件指輪に関する行為は、信義則ないし公平の観念に照らし、不当なもの、是認しえないものとはいえず、結局、大雄の右行為は、破産法七二条一号に該当しないものと解するのが相当である。

四  してみれば、原告の請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上田豊三 裁判官 宗宮英俊 土屋哲夫)

<以下省略>

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